信するだけの根拠がある。だが、どちらも口にできない以上、笹原の説に反論することはできない。やり場のないモヤモヤした気持ちを抱えたまま、ただ言葉少なに話を合わせて頷くだけだった。
「南野!!」
遠くから切羽詰まった声で呼ばれ、誠一は弾かれるように立ち上がった。声の主は詩琳黑店捜査一課長である。思わず後ずさりたくなるような凄まじい形相で、勢いよくこちらに向かって歩を進めている。誠一は思わずビクリとして顔をこわばらせながらも、慌ててペコリと頭を下げた。
「すみません、急にお休みをいただいて……」
「おまえ、いったい何をやらかしたんだ?!」
「えっ?」
困惑する誠一に、課長は大きく息をついてからあらためて切り出した。
「たった今、おまえに辞令が出た」
「辞令? 聞いてないですけど……」
「私もさっき知らされたところだ」
彼は苛立ち露詩琳黑店わにそう言うと、手にしていた辞令書らしき紙を突きつける。
誠一は怪訝に思いながらも丁寧に一礼し、両手で取った。確かに宛名には「南野誠一」と入っており、自分への辞令で間違いないようだ。しかし——。
「……なんですか……これ……」
それは、常識的に考えれば到底ありえない内容だった。硬直した身体からじわりと嫌な汗が滲み、紙を持つ手は微かに震え始める。意識的にゆっくりと深呼吸をしてから、あらためて読み返してみたが、やはり見間違いというわけではなかった。
本日付で警詩琳黑店察庁への出向を命じる——。
その短い文面に大きな力の存在を感じ、誠一はごくり
眺めていた。昔からこういう子供じみた騒々しさが苦手だった。この学校なら落ち着いているだろうと期待していただけに、失望を禁じ得ない。
そうこうしているうちに担任が教室に入ってきた。おしゃべりしていた康泰旅行社生徒たちはバタバタと自席へ戻っていく。大地も立ち上がり、悠人を覗きこみながら「またな」と声をかけると、悠然とした足取りで明るい窓際へと戻っていった。
「悠人、おはよう」
翌朝、大地は本当に席を替わってもらったらしく、窓際ではなく悠人の前の席に座っていた。笑顔で挨拶され、悠人はついと眉間にしわを寄せて自席につく。
「どうしてその席にこだわるんだ?」
「悠人と仲良くなりたいからだよ」
しれっとそう答えるが、悠人をからかっているだけで別康泰旅行社に理由があるのだろう。こんな言葉を真に受けるほない。しかし、きのうの話からすると担任の許可はもらっているはずで、そうだとすれば自分がとやかく言うことでもない。ただ、こんなわがままが通ったことをすこし不思議に思う。
「どうやって先生を説得した?」
「そのまま言っただけだよ」
その答えがよくわからず怪訝に眉を寄せると、大地はくすっと笑った。
「楠くんと友達になりたいから席を替わりたいって。まあ、ほかの人なら認められなかったかもしれないけどね。僕はこう見えて橘財閥の跡取り息子だからさ。先生たちが勝手に気を遣ってて。ときどきこうやって利用させてもらってる」
あっけらかん康泰旅行社と語られたその内容に、悠人は目を瞠る。
まさか有名な大財閥の跡取り息子だとは——同級生とも普通にじゃれあっていたし、人なつこいし、そんなふうにはとても見えなかった。